夢の旅路は晴れた日に
25話  きり丸と君 後編






「やーお客さん、お目が高いっすね!似合いますよーその色。うん、ぴったりだ!」
「え?え、え?」
「ほんとお似合いっす。あ、でもこっちのこれもいいかなぁ」
「あ、やっぱりそう思う?私も、こっちもいいと思ったのよね」
「ちょっと持ってみて下さいよ。―――ああやっぱり似合うなー、まるであつらえたみたいだ」
「んー、でもちょーっと派手じゃない?」
「いやいや、これくらいの方が華やかさが強調されていいですよ。お姉さんの美貌を引き立てて、ぱっと目を引いて」
「あらやだ、美貌だなんて…ねぇ?」
「いやーご謙遜を!ほんと美人じゃないっすか。で、そちらのお姉さんは可愛らしい感じだから……この辺りとかどーっすか?」
「あ、この小花可愛い」
「いいでしょう、これね、全部刺繍なんですよ」
「ホント?わ、……でも、じゃあ高いんじゃ…」
「それが実は………」

そっと声を潜め、娘達の耳元に内緒話のように口を近づけた。

「―――、なんすよ」
「ええー、安っすーい!」
「でしょう?これだけ手ぇ込んでてこの値段って、正ーっ直、オレも見たことないっす。もっと高くした方がいいってオレも言ったんすけどね?作った本人が、そんな高いお代もらえないって言い張るもんで…」
「ねェあんた、買っちゃいなさいよ」
「うーん、そうねぇ」
「あたしはこれ買うわ、この色ホントいいし」
「え、買うの?」
「うん。さっきの店のも迷ったけど、この色気に入ったし、なによりこの値段なら…さ」
「そうだよね………よし、私も買うわ!」
「えぇー、…ならあたしも買おうかなぁ。ちょうど新しい髪紐欲しいと思ってたのよね」
「なら絶対これっすよ。もうあつらえたみたいだな、ってお客さんが入って来てからずっと思ってたんで」
「またまたぁ。口が上手いなぁ君!」


口八丁手八丁、ポンポン途切れず続く言葉ときり丸の巧みな話術に目を丸くするの目の前で品物を見事売り上げ。
店を出てゆく娘達に、ありがとうございやっしたー!と満面の笑みで手を振ったきり丸は、はっと、

「あああー、バイト代ももらってねーのに働いちまった!!」

タダ働き、ああタダ働きっ!と頭を抱えてうずくまる。
タダ働きはドケチにとって最も辛い行為の一つなんだとさめざめ嘆くきり丸を、

「―――きり丸の才能は、それだね」
「……才能ってほど大層な代物じゃねーよ。ちょっとだけ口がうまいだけさ」

納得した顔で見るに照れではなく微かに戸惑いと、自嘲を含んだ笑みでもって答えた。



それ一つで何かを成せるようなものをこそ才能というもんだろう?
なにを生み出しもしないものを、才能などとは呼ばないさ。



けれどもは不思議そうに小首をかしげ、

「何かで聞いたんだけど……」
「あ?」
「物が良い、ってだけじゃ、売れないんだって」

何事も、仕掛けがなければ飛躍的に売れたりはしないんだと。
売れるには、それ相応の『仕掛け』が要る。

「でもきり丸はそれができる。………そういうのを、才能というんじゃないの?」
「………」

じいっと。癖なのかそらさず見つめてくる黒く大きな瞳が、なんだか嬉しくも気恥ずかしくて。

「―――バイト代は店の人に掛け合うし、駄目だったら売り上げから渡すから」
「え?」
「このまま、売り子続けてくれないかな?」

もし暇なんだったら、でいいんだけど。

うかがう仕草に思わず、いや暇だけど、っていうかむしろバイト探してる途中だったけど、と素直に告げつつもこんな小さな店に二人もはバイト要らないだろうと問うと、

「正直、接客苦手……」

はふ、と小さく息をつき、きり丸がやってくれるなら縫い物に専念出来るというに、

「――――駄目かな?」

うかがう瞳で覗き込むように言われ。学園じゃ一番下の学年で、頼られることに慣れていないきり丸はその姿になんだか保護欲をそそられて―――

「いいぜ」
「ほんと?」

他人には全く見分けがつかないだろうがの目が喜びと驚きにきらめいたのを見たきり丸は嬉しくなり。

「まかせとけって!」

さっそく店の前に立ち止まった客の元に駆けていった。







「…………凄いね」

全部、売り切っちゃった。

まるっきり空になった売り台にあぜんと。
顎が落ちそうに口を開けて突っ立つ店主の横で、さすがにここまでとは思わなかったとつぶやいたにきり丸も、いやオレもさすがにここまで売れるとは思わなかったと正直に告げた。
最後の数個になったあたり、全部売り切ったらバイト代に色を付けてくれないかなとちょっと張り切っちゃった所もあるけれど、さすがにあれだけ並んだ品物がまるっきり売れてしまうとこちらとしても驚く。

いやぁ、人が買ってると欲しくなる、人間の心理って凄いなあとあらためて感じたきり丸がポリポリと頭をかいていると、惚けていた店主はようやく我に返り、

「凄いよ!いやほんとに!いやいやいや!!」
「あのぅ……で、事後承諾になるんですがバイト代の方は…」
「いや、もちろん払うよ!やぁ、いい仕事してくれた!本当にありがたい!」

興奮してバンバンときり丸の肩を叩きながら大声を上げる大柄で人の良さそうな店主が、このくらいでどうだい?と告げた金額は、きり丸も思わずにっこりするようないい金額で。

「やー、でもこれですっかり売り物が無くなっちまったなぁ……」
「あの、これ」

今日縫った分ですとが差し出したいくつかの小物を受け取りつつ困り顔の店主は、悪いんだけど、と

「またすぐ次の持って来てくれるかな?今度は前よりたくさんあるといいんだが」
「………いいんですか?」
「もちろんだとも。ああ君も、手があいてたらまたバイト頼むよ。たいした店じゃないけどまたこうして売ってくれたらこれくらいなら出してあげられるからさ」
「ええっ、オレもいいんすか?」

ぱちくりと並んで目を瞬かせる二人の仕草がそろっていることに笑いながら、もちろんさ、とその頭を撫でた。




今日は売り物が無くなっちまったから早々に店仕舞だなぁと、いつもより早めだけどと笑いつつ片付けを始めた店主は、帰ろうと店を出た二人に、

「ああ、ちょっと待ちな」
「?」
「なんすか?」
「ほれ。持ってきな。気持ちばかりだけどよ」

そう言って差し出した竹皮の包みを開くと、そこには並んだ団子が。その一本を自分で食らい、ほら遠慮すんなとうながしてくる。

「おまけだ。よーく働いてくれたからな」

ほれほれ、と差し出してくるのに目を合わせ、

「じゃあ…」
「いっただっきまーす!」

嬉々として飛びつく姿に、店主は一拍置いて、吹き出すように笑った。






日が沈むにはいささか早い道を、団子をほおばりつつ二人並んで歩く。

焼いた団子の香ばしさとタレの甘じょっぱさが口いっぱいに広がって、思わずにんまりと頬が緩んで。
美味いな、と隣を歩くに言うと、むぐむぐと頬を膨らませつつうなずく姿がまるで小動物のようで思わず笑いそうになった。
なに?とうかがう視線になんでもないとごまかして前に向き直り、もう一口ほおばる。

………得したな。団子をもらったことも、バイトが上手くいったことも。
それと―――


「なぁ、
「?」

団子を飲み込んでにっかり笑う。

「団子もらったこと、しんべヱ達には内緒な」
「……なんで?」
「しんべヱは食いしん坊だから。聞いたら自分も食いたいって言うに決まってるだろ。でも土産なんてないしな」
「臭いでバレない?」
「学園に戻る頃には消えてるさ。だから、皆には内緒な」

こっくりとうなづくにもう一度、内緒な、と念を押した。



――――それと。と二人で話をしたことも。








きり丸は、本当に凄い子です。
なにかとあっちゃ土井先生に頼り助けてもらうきり丸は調子の良いやつのようですが、それだけで十歳の子供が生きてゆけるはずもありません。
また、土井先生を頼りつつも、いつだって自分にできる限りのことを必死に頑張っているきり丸だと知っているから。はきり丸のことを尊敬して止みません。
『本当の』たった十歳の子供だから。子供なのに。

心のどこかに、自分は『本当の』十歳ではない、自分はズルをしているのだ、という思いがあるのかもしれません。
たった十歳の子供なのに偉いね、という、自分には過ぎた評価に。否定すれば謙遜していると思われ、そうではないと告げる術を持たず。

だからこそ。きり丸を、偉い子と感心するのではなく尊敬するのです。





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