夢の旅路は晴れた日に
26話  兵庫水軍と君 中編






大丈夫か―――ああ、水をもらったのか、と。様子をうかがいに来た土井にうながされ、海賊達に向かい合わせになるように並んだは組の端に向かう。
ようやくが列に並んだのを確認して、協栄丸の横に立った先生達二人は、はい注目!とコホンと咳を一つし、

「では今回の臨海学校の実習内容だが!」

ぴしっと並んで立つ一同をぐるりと見渡し声を張り上げ、



「特に無し!以上!!」



ズココッと転げた子供達は地面に打ち付けた箇所を押さえつつ、特に無いってどういうことですか山田先生!と抗議するが、山田は素知らぬ顔で、無いもんは無いんだ、としゃあしゃあと述べた。
隣に立つ土井の、ならなんで私の授業は潰されたんだと泣き言混じりの情けない顔との対比が凄い。

「なにしろ学園長先生の思いつきだからな。いつものことながら、特にこれといったまともな目的があるわけもなかろう」
「それでいいんだろうか学校って……」
「文句は私じゃなく学園長に言いなさい。こっちも突然、『たまには臨海学校で友好を深めるってのはどーじゃ!?』と言われて困ってるんだから」

ま、学園長先生のことだから。

学園における最強の免罪符をため息混じりに口にした山田は手をパンパンと叩いて子供達を注目させ、というわけだから各自なにをしたいかを決めるように、と言った。


「何でもいいが、せっかく兵庫水軍の皆さんが協力して下さってるんだから、その辺りを考えて決めるようにな」
「きり丸っ、何でもいいとは言ったがラムネ売りは止めなさいっ!」
「ええー!」
「ええー、じゃないっ!授業の一環なんだから当然、アルバイトは禁止に決まってるだろうが!」

さっそく問題行動を起こして土井にどつかれているきり丸をよそに子供達は頭を寄せ、

「団蔵、どうする?」
「僕は、泳ぎを教えてもらおうかと思ってるんだけど……」
「泳ぎ?団蔵、泳げたよね?」
「まあ一応。でも、臨海学校に行くんだっていったら潮江先輩が、」

視界の端での背がぴくんと震えた気がしたが勘違いかなと疑問に思いつつ、なんでも先輩がおっしゃるには、と。

「『川で泳ぐのと海で泳ぐのは訳が違う。川では泳げても海では溺れる者も多い。その上、服を着て波の高い中を泳ぐのは至難の技だ。いい機会だ、せっかく海に行くなら海の泳ぎを教わってこい!ギンギーン!』……って、算盤振り回しながら昨日追いかけられて……」
「潮江先輩は鍛錬の鬼だからね…」

深い深いため息をついた団蔵に、苦笑いを浮かべて虎若は励ますようにその肩を叩いてやった。

「じゃあ……僕も一緒に泳ぎを教えてもらおうかな」
「ほんと?」
「水の中は身体にかかる負担が少なくて抵抗が大きいから足腰を鍛えるに良い、って照星さんもおっしゃってたし」

キラキラっと瞳を輝かせてあこがれの人の名を口にする虎若につられて金吾や、せっかく海に来たんだしねと庄左ヱ門も。

「それなら僕も一緒に習おうかなぁ」

その言葉に顔を輝かせ身を乗り出したのは、協栄丸。

「泳ぎか。なら俺が、」
「「「「協栄丸さんは遠慮します」」」」
「………そんな全力で否定しなくったって…」

協栄丸に教わったりなんかしたら泳げるものも泳げなくなる、ぜひ止めて下さい、と子供達から力一杯否定されて、俺だってもうちゃんと泳げるようになったんだぞ…とすねつつ、舳丸・重、お前らが教えてやれと水練の者二人を呼び寄せた。

「兵太夫達はどうする?」
「僕は水軍で使う武器っていうのを見せてもらおうと思って」

ねー、とからくり大好き兵太夫と三治郎のコンビはにっこり顔を合わせて、前に立花先輩が話してらしたんだ、一回本物を見てみたくって、と言った。

僕はタコ取りを見せてもらおうと思ってるんだぁーとにこにこ笑うのは喜三太。

「なんでタコ?」
「ほら前にー、学園長先生を狙って万寿烏・土寿烏が学園に来たときに説明に出てきた網問さんが、タコ釣りに行くって言ってたでしょー?それで今度、機会があったら絶対見せてもらおうと思ってたんだぁー」
「喜三太、そんなにタコ好きだったっけ?」

ご飯のときにそんな話聞いたことなかったけどと首をかしげる一同に、潮風が身体によくないからと今日は空の携帯用ナメクジ壷にすり、と顔を寄せ、

「別にタコはそんな好きじゃないけどー。感触がナメさん達にちょっと近いのと、あと壷に入るのが好きってとこが」

うっとりと夢見るような目つきで語る喜三太の姿に皆は、そう…よかったね……とそっと目をそらした。
話題を変えようと試みた庄左ヱ門は、

はどうする?皆と一緒に泳―――」

振り返って、いまだ軽く息を切らせているに、



「……………うん、はゆっくりしてるといいよ。貝殻拾ったり、さ」
「………いいの?」

思えばまだ水場での実技の授業がなかったからが泳げるのかどうか知らないが仮にちゃんと泳げたとしてこの息せき切った状態で海に入ったらたぶん溺れるだろうなっていうか、そもそも体力のまるっきり無いはどう見ても泳げなさそうだ、と思った庄左ヱ門は安全策をとることにした。

乱太郎やしんべヱ、伊助もいるから、と大きな熊手を手にしてさっそくアサリだかハマグリだかをざかざか驚異の勢いで掘っているきり丸を指差し。
あっちに混ざってきなよ…きり丸みたいに売るほど貝を獲る必要はないけれど、と囲むように彼の周囲に立ち尽くす三人と同じ苦い微笑を浮かべつつうながした。





「きり丸ー……もう諦めたら?」
「諦められっかよ!」

くっそー、なんでこんなに無いんだ!とほんのちょっぴり、気持ちばかりの小山を作った掘り出した貝を横目で睨みつけまた熊手をふるう。
予定では貝をがっぽがっぽ、それをそれを売って小銭もがっぽがっぽ、だったのに……

腹立ちまぎれにざかざかと砂地を掘り返していると、

「きり丸」
「ああ?か。どーした?」
「これ」

胸元で丸めた左手にはいくつかの爪の先ほどの小さな白い貝殻。そして差し出した右手にホタテの殻に似た形状の貝殻を一つ乗せたに、なにがしたいのかとちょっと眉をひそめた。
差し出してきた貝は明らかに殻だし、それを寄越してなんだというんだろう?
きり丸の疑問を感じ取ったは手のひらに乗せた殻を裏返し、見せる。黒っぽかった表の地味さとは違って虹色の光沢を放つそれは確かに綺麗だとは思うけれど……

「アコヤガイ」
……だったと、思う。

なぜか自信なさげにそう付け加えると、はい、ときり丸の手にそれを乗せた。

「……オレ、綺麗な貝殻より売れる実の入ってる貝が欲しいんだけど」

綺麗だからとこれをくれた気持ちはありがたいけど気持ちで腹は膨れないし。
正直にそう口にすると不思議そうに首をかしげる。

「売れるよ?」
「売れるって―――こんな貝殻が?」

冗談だろうとやっぱりどう見てもただの貝殻、ゴミ同然にすぎないそれを表返し裏返し、いろんな角度から見て疑問の声をあげる様子に、

「螺鈿細工の、原料だから」
「らでん………って?」
「ああ、あれってこれで出来てるんだ!?」

耳慣れない言葉に聞き返すのとは対照的に驚きの声を上げたのは、興味をそそられてつられて手の中を覗き込んでいたしんべヱ。
ヘー、ヘーとしきりに感心して殻をもっとよく見ようと手を伸ばしてくるのにもしかしたらこれってもの凄い物なのか?と。

「なあ、そのラテンってなに?」
「ラテンじゃなくて螺鈿だよ」
「だからその来店って?」
「螺鈿だってば……」

乱太郎が、お決まりだけどねとため息つきつつ訂正を重ねる。
頭上で交わされる会話に、しげしげと貝殻を覗き込んでいたしんべヱが顔を上げ、

「あのねー、螺鈿は漆塗りの中にこのキラキラしたとこを埋め込んで細工を作るんだよ。南蛮の輸出用に人気なの。うちでもよく扱うんだー」
「南蛮………輸出用に人気、ってことは……!」

高いのか!と興奮し小柄なしんべヱの肩を掴み勢いのまま揺さぶりだしたので、目を回しながら、高級品だよ、とようやくそれだけ言った所で案の定、

「ああ、きり丸の目が小銭になってる……」
「あはは、あはは、高級品〜。高値高値〜」

すっかり目を銭の形に変えて、頭の中では小銭がザックザク、の未来を思い浮かべているのかよだれまで垂らしているきり丸は素早く貝殻を懐にしまい込む。でもそんな高い物ならあげちゃっていいの?と乱太郎が聞いたからだ。
一度もらったんだからもうこれはオレの物、という必死な様子にちょっと目をみはったがこっくりとうなづく。

「材料だけ持っててもどうしようもないし。…でもきり丸なら顔が広いから、細工師の人も知ってるんじゃないかと思ったから」

どうせなら使える術のある人の所にいく方がいいでしょうと、あっさり譲る様子に思わずこっちが拍子抜けだ。

「それに―――」
「それに?」
「いい細工物に使う白蝶貝ほど珍しいわけではないし、なんだったら探せば他にも落ちてると思うか―――」

思うから、の最後の音を口にするより早く、飛びつくようにその肩を掴んだきり丸はがっくんがっくんと細い身体を揺らして、

「落ちてんのかっ!?落ちてるのかっこれが!?金目のもんが!!?」
「う……え………」
「どこに、だっ!!」
「あ……あのら、へん…に……」

残像が残るほど揺さぶられながらもけなげに指し示した砂浜めがけてきり丸が駆けてゆく。
その拍子に放り出されたは慣性の法則に従って緩やかな放物線を描き―――

「あの……………」
「……大丈夫、です」

さりさりさり、と軽い音を立てて。砂地と仲良しになった。
見事な吹っ飛びように思わず一同固唾をのむが、何事も無かったように立ち上がり服を叩く姿に、一部始終を見ていた鬼蜘蛛丸は、

「…………」
「………………」

そっと、強かに打った額に残る砂を払ってやった。








螺鈿(らでん):漆工芸の加飾技法の一種。
  貝殻の内側の真珠層の部分を切り出し薄く板状にしたものを漆地や木地にはめ込んで装飾する技法。
  白蝶貝、黒蝶貝、カワシンジュガイ(青貝)、アワビ、アコヤガイなどが使われる。
  奈良時代に唐から伝わり、平安時代になると技術が向上し盛んに蒔絵と併用されるようになった。

螺鈿細工の輸出が盛んになったのはどうやら安土桃山時代らしいですが(苦笑)
きっとしんべヱのお父さんは輸出してるよ!扇子と一緒に送ってるよ!たぶん!希望!


川では泳げるのに海では泳げない、という人はけっこういるそうです。
海の方が浮力があるから楽に泳げそうに感じるものですがね。
ご親族の年配の人に聞いてみると出会えるかもしれません。
年代的に、川で泳いで遊びがてら魚を獲って育った世代の方々です(笑)
子荻の両親も幼い頃川で泳いだそうです。
「川だと泳げんだよなー。こう、すーっと流れてって。川下に」
「………そりゃ、ただ流されてんだよ」
という会話をしました。

そういえばまたちらっと出てきましたね、存在感だけ文次郎(笑)
一体、彼はいつになったらちゃんと出てくるんだろうか……





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